自らをマネジメントする
未来の働き方を考えるうえで、ピーター・ドラッガー博士が「明日を支配するもの」のなかで、とても示唆に富んだ文章を書いている。
今日のような乱気流の時代にあって、あらゆる組織の寿命が短命になってきている。
それに反して、人の長寿化傾向によって働く期間はますます伸びている。
健康であるならば、75歳までは働くことができ、労働寿命は50年に及ぶということになる。
そのような超労働寿命の社会において「自らをマネジメントする」ということがますます重要になってくる。
特に、知識労働者たるものは、以下の課題に直面する。
自分は何か。強みは何か
自分は所をえているか
果たすべき貢献は何か
他との関係において責任は何か
第二の人生は何か
これらを、すこし我流で意訳してみたい。
(1) 自分は何か。強みは何か
マネジメントの目的は、「成果」を上げることである。 そして「成果」は、他に「貢献」することによって、得られる。 そして、ドラッガー博士は、書いている。
「無能」を「並」に鍛え上げても、貢献することはできない。 「強み」に集中し、強みをさらに強くすることでしか貢献できない。
まずは、自分の強みを見つけることである。 さて、どうやって強みを見つけるか? 「強み」とは「好きなこと」とは限らない。 ドラッガー博士は、こう書いている。
「目標(やりたいこと)」をもって取り組み、 その「結果(できたこと)」を「目標(やりたかったこと」比較することによって、 「強み」を見つけ、「強みをさらに強くする」ための技能や知識を得ることができる。
そしてその「強み」を活かすための「仕事も仕方」も極めて重要である。 例えば、読んで理解するタイプの人に文章を見せても能力が発揮できない。 逆に、聞いて理解するタイプの人に話しても能力が発揮できない。 それぞれの「強み」に合わせた「仕事の仕方」が必要であることを知っておくことだ。
また、「強み」と「仕事の仕方」以上に優先させるべきは「価値観」である。 いくら、とてもよくできることがあっても、自分の価値観に合わない場合は、 「貢献」できている実感がわかず、人生の一部を割くに値しないと思えることがある。
つまるところ、優先すべき最上位は、価値観である。
(2)自分は所をえているか
「強み」「仕事の仕方」「価値観」が明確になっていれば、自分が立脚する場所も自ずと明らかになる。これらの用意ができたものに、チャンスが与えられたら、卓越した仕事が可能になる。
(3)果たすべき貢献は何か
さてそれでは、軸足が定まった自分が、何に対して「貢献」したらいいのか? 貢献を考えることは、「知識の段階」から「行動の段階」への起点となる。 それは、何に貢献したいと思うかではなく、何に貢献せよと言われたからでもない。 何に貢献すべきか、を考えることだ。 今まで、運命あるいは主人の命令で決められていたそれを、 これからは、知識労働者が自分自身で考えなければならない。
そしてその答えを出すためには、三つの要素を考える。 第一は、「状況」が求めるものであること。 第二は、「強み」「仕事の仕方」「価値観」にそくしたものであること。 第三は、得られる「成果」に「意義」があること。
「自らの果たすべき貢献は何か」という問いからスタートするとき、人は自由になる。 責任をもつがゆえに、自由になる。
(4)他との関係において責任は何か。
現代社会では、ほとんどの人は、他の人と共に働き、他の人とお互いに「強み」を出し合って、成果を上げる。そのためには、共に働く人たち、自らの仕事に不可欠な人たちを、自分と同じようにそれぞれの「強み」を持つ存在であることを理解し、その「強み」「仕事に仕方」「価値観」を活用することである。
そして、コミュニケーションについて責任をもたなければいけない。 相手の「強み」「仕事に仕方」「価値観」を聞き、 自分の「強み」「仕事に仕方」「価値観」を話さなければいけない。 それは「成果」を得ることへの「責任」である。
組織が、権力によって成立していた時代は終わり、いまでは信頼によって成立する。 信頼とは好き嫌いではない。信じあうことである。そのためには、お互いに理解していなければならない。お互いの関係について、お互いに責任をもたなければならない。
(5)第二の人生は何か。
この長寿社会では、健康と気持ちがあれば、75歳まで働ける。 しかしながら殆どの人にとって、同じ種類の仕事を続けるには、50年は長すぎる。
飽きてくる。 面白くなくなる。 惰性になる。 耐えられなくなる。 周りのものも迷惑する。 人生の後半を退屈しきったものにしないためにも、第二の人生を、しっかりと考えることが好ましいだろう。
第二に人生を始めるための手段は、3つある。 〇 転職する(あるいは起業) 〇 パラレル・キャリアを持つ(同時にもうひとつの世界を持つ) 〇 社会起業家になる(篤志家) それは、自分の強み、おかれている状況によって自分で決めなくてはいけない。
一つだけ、第二の人生を成功させる条件がある。 それは、本格的に踏み切るはるか前から、「助走」していることだ。 成功の女神は、準備がないところには、微笑まない。 チャンスは貯金できない。その一瞬をつかむには、準備が必要である。
第二の人生を持つことにはもうひとつの意義がある。 人生は成功者ばかりではなく、挫折や逆境にうちあえぐ場合もある。そこから脱するためのきっかけにもなりうるということである。例えば、企業活動での挫折者が、社会活動では素晴らしいリーダシップを発揮する場合もあるのだ。
そして最後にドラッガー博士は、日本社会にこのような期待を投げて、文章を閉じている。
日本社会は、これまで終身雇用制で、「組織のマネジメント」と「人のマネジメント」が上手く融和した社会だった。その精神風土において、まだ色濃く残っている「絆」すなわち「和の精神」が、この「自らをマネジメントする」時代に好ましい影響をあたえ、世界を率先するモデルにしてほしい、と。
裕福な社会、情報社会、価値多様社会、長寿社会。 「社会」と「人生」の「かたち」が大きく変わった、この現代社会において、「人生」の多くの部分を占める「しごと(=仕事あるいは志事)」をどう考え、どう行動していくのかを各個人が「自分ごと」としてとらえ、しっかりと自分自身のマネジメントに取り組みたいものだ。 ここでドラッガー博士が書いていることは、全部、当たり前のことのようにも思えるかもしれないが、今一度しっかりと噛み締めてみてもいいかしれない。 出典:「明日を支配するもの」 ダイヤモンド社