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女性が起業し、事業を育てていくこと〜株式会社スパーテルの創業から学ぶ〜

石川県金沢市で女性の活躍を推進しているという株式会社スパーテルの橋本昌子社長を訪問し、起業から10年間で事業をスピード成長に導いたその着実でチャレンジ精神溢れる経営と、その創業時の秘話をじっくりとうかがいました。

1. スパーテルってどんな会社?

株式会社スパーテルは2007年10月に創業し、現在は「てまり薬局」を中心に11店舗の薬局を展開しています。

薬局の事業を主軸として、下記の事業も展開しています。

  • 2013年4月:有料老人ホーム「ひなの家」、「もものはな訪問介護」 開設

  • 2014年9月:「ひなの家訪問看護」 開設

  • 2015年3月:リハビリ型デイサービス「てまりフィットネス」 開設

  • 2017年7月:小規模多機能ホーム「ひなの家押野」 開所

さらに、創業から10年、医療、介護、健康づくりを統合した「てまりグループ」として、地域の健康の向上にために挑戦し、絶え間ない成長を続けています。

ちなみに、スパーテルはドイツ語で「薬さじ」という意味で、薬局名の「てまり」は親切で歩く温かく包み込む「てまり」のような組織を作るという意味が込められているそうです。

企業のアイデンティティが組織名にストレートに表現されているのを感じます。

今回は、そんな橋本社長のお話から、起業する上で、改めて重要だと思ったポイントを私なりの視点で挙げてみたいと思います。

女性に限らず男性の皆様にもご高覧いただければ幸いです。

2. 女性が創業し、事業を成長させていく学びのポイント

1)命の声に従うこと〜恐れや迷いの先にあるものに誠実であること〜

薬局に勤務している薬剤師である橋本社長さんは、「いつかは自分で薬局を経営をしてみたい」と漠然と思っていたそうですが、日々の仕事に追われ、最初の一歩を踏み出せずにいたそうです。

ところが、2006年12月に転機が訪れます。40代になった橋本社長さんは乳がんを患われてしまったのです。

手術は無事に成功。業務に復帰なさいましたが、再発不安を拭うことができず、自らの生きた証を残すためにも、仕事を通じて社会貢献をしたい、すなわち独立を強く意識しはじめたそうです。

ただ、2008年の4月にお子さんの大学進学を控え、何かとお金がかかる時期。若い頃からコツコツ貯めた開業のための自己資金が、お子様の教育費に充当されてもおかしくはありません。

しかし、乳がんとの闘病が、橋本社長の命の使い道、まさに「使命」の実現に向かって火をつけたのです。

「日本一親切な薬局を作ろう!」

橋本社長の口からは、恐れや迷いについて語られることはありませんでした。

しかし、薬剤師という医療従事者であっても「がん」という病気に微塵も恐れがなかったとは思えません。

ですが、私には、それ以上にそれらを駆逐する内奥の強い思いが、逆境からの創業の原動力になったと強く感じられました。

1年目に3店舗をオープンさせる快進撃。立ち上がりの爆発的なエネルギーは、橋本社長の命のエネルギーそのものです。

2)「人への敬意」が社会を変革していくこと 

〜人と人の温もりの「質感」が信頼と信用へ〜

橋本社長はインタビュー中に、ビジョンや中長期計画などが貼られ、膨らんでるシステム手帳を何度か開き、ご自身のビジネスプランを見せてくださいました。

「予防医学・リハビリの発達により、健康寿命の延伸が達成されるが、来るべき高齢社会においては医療介護に多くの期待が寄せられる社会となる」

企業としての見通し・明確なビジョンに基づき、地域の問題を解決する社会の要請に応える事業が次々と現実のものとなっていく様子が伺えます。

そして、私がこのレポートを書き上げる過程、会社の事業から学ばせていただく中、「看取りの質」というキーワードが目にとまりました。

医療費の削減に向けて、今後は病院から在宅医療への転換が進む中、どこで、誰と、どのように生涯を終えるか、その「質感」は、ご本人だけでなく家族にとっても繊細で重要な問題です。

生命の最後までご本人に敬意を払いながら生涯を閉じるまで寄り添うか・・・

私は、従業員の働きがいや仕事を通しての満足度は、顧客の暮らしや人生の満足度と切り離せないものだと考えます。

各家庭には事情があります。画一的なサービスでは行き届かない複雑でデリケートな問題があることでしょう。

このような問題に応えるビジネスは、明確なビジョンやミッションに基づく思いはもとより、人と人の息遣いを合わせ、命に最大の敬意を表し、命を預かる責任や覚悟があって盤石なものとなっていると思います。

優しくも果敢に踏み込まれて積み重ねて行かれる看取りの実績は、信用の積み重ねでもあるということを感じとり、自分の親のことを思うと1人で胸が熱くなって「ジーン」としてしまいました。

3)真剣に支えてくれるメンターを持つこと

 〜応援が連鎖する:「応援される人」から「応援する人」になる〜

橋本社長は、何度となくビジネスプランをブラッシュアップされたそうです。

融資を受けた銀行、商工会議所、中小企業基盤整備機構、日本政策投資銀行など、他者の目線を介することでビジネスプランを磨き抜き、輝きを増し、

コンテストでの受賞を通して思いが誓いになり、「安心して暮らせる地域を創造し、全ての人により良い未来を届ける」という使命が丁寧に実現されつつあるのだと思います。

薬局経営以外の利益率の低い事業についても、使命に基づき社会の要請に応えるために次々と立ち上げていきます。

多くの苦労こそ語られませんでしたが順調なことばかりではなかったのではとお尋ねしたところ、やはり「それなりに大変だった」と振り返られました。

橋本社長の大きな力になったのは2014年日本政策投資銀行の女性新ビジネスプランコンペティションのファイナリストになった時に出会った「メンター」の存在だったそうです。

「メンター」は、新分野でのチャレンジから間もない、あるいは伸び盛りの個人に業務に関する助言や精神的な支援を通して、自立・自律を促進していくのが役目です。

「メンター」の支援を通して、ビジョン、ミッションに続き、現場実務の拠り所となるバリューが明確化されていきました。

そして、このバリューに基づくプロジェクトが功を奏し、人財教育とリンクさせながら、その成功の秘訣を私たちのような社外の人間にも公表し、結果として他者を勇気付けてくださるのです。

優しさと思いやりに根ざすミッションやバリューは、他者からの応援を集め、応援される人は、今度は応援する側に回り、応援が連鎖する好循環を巻き起こしていくのでしょう。

4)ビジョン、ミッション、バリューが組織をマネジメントすること

〜終わりなき経営品質の向上を最上位で理念がマネジメントする組織〜 

日本では、古くから、経営理念や社是・社訓のように会社が重視することを言語化し、社内外に経営の方向性は指し示してきました。

そして、近年では、ビジョン、ミッション、バリューという表現項目で明示する企業も少なくはありません。

株式会社スパーテルでも、5つのバリュー(てまりバリュー)を明確化しています。

  1. 誠実と思いやり

  2. 人への敬意

  3. 日々の研鑽と実践

  4. 能力を高めあう心

  5. 革新への挑戦」

これらのバリューは、経営者が口すっぱく言って聞かせるのではなく、プロジェクトによって、経営者と社員が一枚岩になって、語り、実践することで、社内外に発信し、実務の中に浸透されています。

これにより、社員の行動は、目指す方向性に足並みがそろう確度は高まります。

社員の70%が女性であり、薬剤師を始め国家資格を有し、仕事に対して誇りを持ち、また専門職として高い能力を有する社員さんが揃っています。

そのような方へのマネジメントは高介入である必要はなく、大きな方向性が明確になっていれば、社員は内省的かつ自律的になります。

女性の働きやすさに配慮をしていくにあたっては、イレギュラーやハプニングはつきものです。

協力は惜しまずとも、時には言い難いことを言わなければいけないことも生じます。

女性は男性に比べて、感情の面で軋轢を生みやすく、中には乗り越えるにも時間がかかる人もいます。

ですからマネジメントが属人的になるのではなく、これらのバリューに基づいて行われることは、マネジメントをする側の葛藤も減らします。

5)人の可能性を信じる肯定的なエネルギーが発揮されること

 〜自分1人の問題から社会の問題の壁を乗り越えていくエネルギーとは〜

近年、女性の起業は、先駆者の活躍や自治体の働きかけなどにより、以前に比べれば「壁」が低くなりました。

しかし、個人の「好き」「得意」「豊かさ」を起業の動機とすること以上に、社会からの「問題解決の要請」に応えていくところに立ちはだかる「壁」は高いものと感じます (規模、形態によってはその壁を経験しないということもあるかもしれません)。

この地域の薬局としては、後発であり、決して大型の病院のそばにある訳でもない。

ただ顧客に対して親身になって日本一親切な薬局を目指すひたむきさで生み出した収益が、チャレンジングな介護やリハビリ型デイサービスといった人財の定着や差別化が難しい事業に配分されていきます。