ひとりで大きくなったと思うなよ。

ひとりで大きくなったと思うなよ。

ひとりで働けるようになったと思うなよ。

そして、親から受けた恩は、

その先へ、送ろう。

あなたが働いて、社会の役に立つこと。

それが、あなたの親が生きた証し。

もっとも、喜ぶことではないだろうか。

少し長いですが、どうしても紹介したい文章があります。

多様性の世の中、この手の話がお嫌いな方は、ゴメンなさい。

いまはもう故人となってしまいましたが、伊勢の父、中山靖雄先生の文章です。

以下、少々長い引用。

『感謝の原点』

天の思いを私たちがなかなかわからないように、親の思いを子どもはなかなかわからないものです。「親の心子知らず」という言葉がありますが、私自身にもこんな経験がありました。

母は八十二歳で脳梗塞になって倒れて以来、家で寝たきりの生活を送っていました。 しかし、私が講演に出かける時は必ず、

「今日はどこに行くんだ?」

と聞くのです。

「どこどこへ行く」

と答えると

「気をつけて行って来いよ」

とこう言う。私は

「わかった。ありがとう」

と答える。このような他愛もない会話をするのです。

しかし、そのあとには

「何時から何時まで話すのか?」

と聞くのです。すると、つい、自分の親だから言ってしまうのです。

「そんなの聞いてどうするん?」

とか、

「人のこと心配せんと、自分のこと心配しなさい」

とか、どうも冷たい物言いになってしまう。

さらに、

「寝たきりだから、みんなに好かれる老人にならなあかんよ」

なんて言ってしまうのです。

それでも、何度も聞くものですから、私が

「何時から何時までだよ」

と講演時間を答えると、

「みんなに喜んでもらえるように、しっかりとがんばってこいよ」

と言って、ベッドの上から見送るのでした。

そして、私は家を出てから後悔の思いでいっぱいになるのです。もっと優しい言葉をかけてやれば良かったなぁって。わかってはいても、つい、優しくできなかったりするのですね。

その母も九十歳で亡くなりました。お葬式を済ませたあとに、家内がふと、

「お父さん、心配してくださる方が一人減ってさみしいね」

と言うのです。私は改めて母の言葉を思い出して、

「おふくろが毎回行き先を聞いてきたのはわかるけれども、

なんで時間まで聞いてんだろうね」

と家内に聞いたんです。すると家内は、

「絶対お父さんに言わんで、ってお母さんは言っていたけれど、

時効だからもう話してもいいかな」

と、こんな話をしてくれました。

私の講演が始まる頃になると、母が家内を呼び、

「講演が始まる時間だから、悪いけどベッド半分残して」

と言って、ベッドの前の神棚に向かってじーっと手を合わせ、拝むのです。

寝たきりですから、きちんとは座れないので、腰に枕と毛布を当ててなんとか座れるようにして、じーっと手を合わせている。

「講演が終わる時間になったらまた来てね」

と母が言うので、一時間半くらい経ってから家内が行くと、まだ母が同じような状態でじーっと祈っているのだそうです。

この話を聞いた時、私は、頭をガーンって殴られたような気がしました。

毎回講演に行って、今日もこんないい方々と、素晴らしい出会いをいただいて、自分ががんばっているという思いがどこかにあったのです。

私は、母が祈っていてくれていることを知らずに、そんな母の言葉を少し疎ましく思っていたのです。

申し訳ないことをしてしまったという気持ちと同時に、私以上に、祈ってくださっている世界があるんだなぁと思い、改めて天から喜ばれるような生き方をしたい、という思いが湧いてきました。

先日もある方からいただいた、あいりん地区の詩集の中にこういう短歌がありました。

「訪ね人 掲示されたる 我が名前 老母は今も 俺を見捨てず」

自分は大人になり、世を捨て、名を捨てたつもりでいても、親の思いはいつまでも子どもを愛する思いに満ちていることを改めて感じさせる歌でした。

『感謝の原点にあるものは、父母への感謝の念です』

「上」を立てること、親を敬うことを日本は古来大事にしてきました。

何事も水の流れのように上から下へ流れていきます。上が汚いものを流すと、下は全部汚くなっていきます。上は大事だとわかっていたからこそ、上を「かみ」とし、神様の「かみ」としたのです。

そして、上に立つ者は、下に綺麗なものを流そうと志をたかくするし、磨きをかけます。それを見たり、感じたりする下の者は上を立て、尊敬するからうまくいっていたのです。

上を見て、喜んで生きること。それは、与えられた今、与えられたご縁を精一杯生きることです。これこそが、親が喜ぶこと、そして「天が喜ぶ生き方」につながっているのです。

引用終わり

出典:すべては今のためにあったこと 中山靖雄著 海竜社

私の両親は、まだ健在ですが、この中山先生のお母様のお話を読んだとき、涙が止まりませんでした。そして、自分ごととしても、様々なことが、腑に落ちたのです。

あなたのために祈っている人、いるかもしれない。 気づいていない、だけかもしれない。 自分の力だけで、成功したと思うなよ。 あなたがもし、凄い人だったとしても、偉そうにするなよ。 ひとりで生きてるつもりになんなよ。 I love you,because you are you. って、言ってくれる人がいる。

世界がすべて、『お前は敵だ』と言ったとしても、

たったひとりだけ、最後まで、自分の味方でいてくれる人。

世界がすべて、『お前は不要だ』と言ったとしても、

最後の最後まで、自分を信頼してくれる人。

そんな人がいるとしたら、その人は、

『母』です。

働くという行為、それは、恩を先に送る、ことなのかもしれない。

母親とは、

5人いるのに、4切れしかパイがないのを見ると、

即座に、「パイは好きじゃないの」という人のことだ。

出典不詳

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