失敗しちゃった君へ・・・。

そんなに落ち込むなよ。 そんなに急ぐなよ。 それって、失敗なのかなぁ。 そのやり方じゃ駄目だって、 分かったんだから、 成功へのプロセスなんじゃないか。 失敗なんて諦めて初めてやってくるもの。 『失敗』なんて呼ぶのはやめよう。 『失敗のような出来事』と呼ぼう。 あるいは、『成長』と呼んでもいいかな。 その『失敗のような出来事』のひとつひとつが、 そのひとの人生のエピソードになる。 思いっきり、やっちゃった方が、 後で語るエピソード、面白いかもしれないね。 『失敗のような出来事』を楽しめる人生って、 素晴らしいですね。 そして、山ほど『失敗のような出来事』を経験した人ほど、 大きな人物になるんだろうね。 なんて、言いながら、やっぱ、辛いわ、なあ。 ってな訳で、『失敗のような出来事』をやっちゃった時、 励みになる言葉たちを、探してみました。 我が師匠も、 行き詰まりのどっちらけ、 って感じになったら、 この言葉を思い出して、 頑張ったらしい。 終わってないよ、まだまだ、手はある。 「打つ手は無限」 すばらしい名画よりも、 とてもすてきな宝石よりも、 もっともっと大切なものを私は持っている。 どんな時でも、どんな苦しい場合でも、 愚痴を言わない。 参ったと泣き言を言わない。 何か方法はないだろうか、 何か方法はあるはずだ、 周囲を見回してみよう。 いろんな角度から眺めてみよう。 人の知恵も借りてみよう。 必ず何とかなるものである。 何故なら打つ手は常に無限であるからだ。 by 滝口長太郎 エジソンって人の言葉も、とても元気づ

しあわせって何だろう?

しあわせ って何だろう? 以前、ワールドカフェで話し合ったことがある。 とてもよく知っている言葉なんだけど、改まって聴かれると、 なんとも上手く答えられない。 嬉しい、ともちょっと違う。 楽しい、ともちょっと違う。 気持ちよい、ともちょっと違う。 ありがたい、ともちょっと違う。 誰かが言ってた。 なにげない日常のちょっとした隙間から見え隠れするもの。 洗いざらしの真っ白なシャツの隙間から。 木漏れ日に揺れている庭の安楽椅子に。 うすく煎れたコーヒの湯気の中に。 今日はもう外出しないぞ、と決めて聴く、雨の音楽に。 ふっとしたとき、そんなものに無性に幸せを感じることがある。 また、ほかの誰かが言ってた。 振り返って、感じるもの。 あの時、しあわせだったんだって。 プール帰りのアイスキャンディーに。 古き校庭でのキャンプファイヤーに。 いまはもうどこかも忘れたあの満天の星に。 湯上りの銭湯でのフルーツ牛乳に。 今はもう失った過去のひと時に、 なんだかやるせない、幸せを感じることがある。 ニーチェは言った。 全人生に、一回か、二回か、せいぜい三回程度起こる、 その至高の瞬間を感じた人生は、 100万回くり返す価値があると。 ニーチェが嵐の丘で体験した、葉脈に大宇宙を見つけたその瞬間。 そのような瞬間が、唯一無二の究極のしあわせなのか。 禅でいうところの大悟のような。 ぼくにも来るかもしれない、 心を突き抜けるような、究極のしあわせとの邂逅(かいこう)を想う。 そんなまだ見ぬ精神の散歩に、幸せを感じることがある。 何なんだろう、しあ

無能への大行進。ピーターの法則、知っていますか?

ピーターの法則って、ご存知でしょうか? 知る人ぞ知る、って感じかもしれません。 まずは、ググってみてください…笑。 意地悪しないで、説明しますね。 ピーターの法則 階層社会では、すべての人は昇進を重ね、おのおのの無能レベルに到達する。 ピーターの必然 やがてあらゆるポストは、職務を果たせない無能な人間によって占められる。 ゆえに 仕事は、まだ無能レベルに達していない者によって行われる。 これ、何を言っているかというと、あらゆる階層社会において、有能な人は、昇進する。そして新しいポジションでさらに有能であればさらに昇進する。また、そのポジションで無能ならそこに留まる。有能なら昇進し、無能なら留まる。これを現象としてよく考えてみると、人は無能になるポジションまで昇進するということになる。そして、最終的には、すべてのポジションは無能な人だらけとなる。という法則ですが、これを南カリファリニア大学の教育学者ローレンス・J・ピーター教授が、階層社会学の成果のひとつとして、提唱しました。 よく考えてみると、これは論理的にも、あたり前のことだし、ピーター教授は科学的な資料としての膨大な観察事例をもとに論証しています。また、みなさんも自分の身の回りを振り返って、なるほどと得心する事例が多いんじゃないかと思います。 厄介なのは、無能のレベルまで昇進した人を、仮に元の有能だったポジションに戻そうとしても、さまざまな難しい問題が起こり、簡単には降格もできません。これはアメリカでも難しいくらいなので、日本では尚更です。 そのまま、放置するか、新設した意味の無いポジションに横滑り、あるいは祭り上

「ワーキングデッド」ゾンビから学ぶコミュニケーション!?

海外の人気ドラマ「ウォーキングデッド」のシーズン8が始まりましたね〜。ご覧になってますか?私もシーズン7までの流れでついつい観てしまっています(笑)。 さて、今回のテーマは「ウォーキングデッド」ではなくて、「ワーキングデッド」です。 「ワーキングデッド」ってご存知ですか? 「ワーキングデッド」は、2014年の10月からテレビ東京系のBSジャパンが放映していたテレビドラマ「ワーキングデッド ~働くゾンビたち~」なんです。上手いネーミングですね。ドラマを観なくても、想像力が豊かなあなたは、おおよそどんな内容かはおわかりのことでしょう。 ちなみに、公式サイトでは「ワーキングデッド」の事を次のように説明しています 「ワーキングデッドとは、一見普通のサラリーマンですが、実は脳みそは思考停止状態、心は何も感じることが出来なくなった、命じられた事だけを黙々とこなす『働く屍』の事を言います。 かつて世界中に経済大国としてその名を轟かせた日本企業が昨今の不景気による反動によってワーキングデッド社員が激増したと言われています。現在ワーキングデッドに認定された、もしくは予備軍と呼ばれる社員の数は数百万人にものぼり、各企業ではワーキングデッド社員とどう関わっていくかが大きな課題となっています。 例えば、むちゃくちゃな要求ばかりしてくるモンスター上司、何も考えずに言われたことだけをやるノーシンキングな新入社員など。」 ドキッ!そんなあなたは既にカラダの半分がゾンビになってるかも!Σ(゚∀゚ノ)ノキャー ということで、本題に入りましょう。 「ワーキングデッド」では毎回様々なゾンビが登場します。 ここでは、

答えのない時代のコンサルティング

明快な答えのない時代に、答えを創りだすことが必要になってきている。 今までのフレームワーク化された支援では、 コンサルティングは成り立たなくなってきている。 そのような不透明で、複雑な問題を抱えた時代にあっての、新しいコンサルティングのあり方を、組織心理学の創始者といわれる、現MITスローン経営大学名誉教授のエドガー・シャイン博士が提案されている。 謙虚なコンサルティングの時代だと 出典:謙虚なコンサルティング エドガー・H・シャイン著 英治出版 ここに書かれていることは、有能なコンサルタントの方々は、すでに感覚的に気付いていることなんじゃないかと思います。 シャイン博士は、コンサルタントが明確な答えを提示することが出来なくなった時代では、コンサルタントがその役目を変えると、書いています。 クライアントが直面している困難に謙虚な気持ちで共感的に向き合い、クライアントと一緒になって、クライアントが自分自身で答えを導き出すための支援を行うことが、コンサルタントの新しい役割です。そしてそのために最も重要になってくるのが、クライアントとの新しい関係づくりです。これまでのように、ほどほどの距離感を保つ関係を超え、「積極的な気持ち」「思いやり」「好奇心」をもって、クライアントと個人的な関係を結ぶことです。これを実現するためには、今までのコンサルタントスキルとは全く違う種類のスキルが必要になります。クライアントとの対峙を、ダイアローグに導くスキルです。その中で、答えのない問題に対して万能な解答がない無いことを理解しながら、答えを見つけ出すための共同作業が始まります。 このようなプロセスにて

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