日本、この稀有な国

先ごろ、 わが父、88歳が、ポツリと言った。

「拓(孫)、戦争にとられんときゃ、いいがなぁ」

この一言の重さ、分かりますか?

72年前、わが父は学徒動員で、今の大阪造幣局の場所にあった軍需工場にいました。 そこで8月14日未明の大阪大空襲に遭いました。

その当時、工場は昼夜2交代勤務だったらしいです。その日、父は、昼勤務で夜は宿舎で寝ていたようです。宿舎は、京橋から二駅離れた関目という場所だったので、空襲にあわずにすみました。

そして、その朝、空襲後の工場へ行ったようです。

10坪程度のすり鉢状の穴が、所々に開いており、多くのご遺体が散乱していたようです。もう、手、足、バラバラな状態で、誰がどうなったかさっぱりわからない惨状だったようです。それは、昨日まで、友達だったモノなんです。

その地獄のなかで、誰のものかも定かではない友達のご遺体を、葬ったようです。 葬ったといっても、その爆弾の後のすり鉢状の穴に、運んで、土をかけるだけです。 まだ15歳の少年が、です。

どんな思いだったんでしょうか。

戦争というものを肌感覚で、経験した世代の言葉、これはとても重いものを感じます。

この信じられなくいに豊かな国になった日本ですが、まだ1世紀もたたない過去に、そんなことが有ったんです。集団的自衛権に関連して、憲法や、色々な法律が見直されて行くのだと思いますが、このように戦争を五感で感じた人たちの話にも、良く、耳を傾けて、考えて欲しいと思います。

友達が殴られていたら、護る。

場合によっても防衛的な喧嘩をする。

これは、『義』を重んじてきた我が国にとっては、

大いに理解できることだと思います。

友達が殴られたら、自衛の範囲で、その場で、殴りかえす。

ここまでは、ぎりぎり許される範囲だと思う。

しかし、

友達が仕返しに行くってことになった場合、

助太刀について行くっていうのは、

どうなんだろうか。

そして、仕返しではないにしても、

予防的先制攻撃は、専守防衛の範囲内として、

必ず起こると思います。

友達の中には、アメリカなど、とても喧嘩っ早い国もいます。

軍需産業の経済効果ために武器を使いたい国もあると思います。

そんな時、友達の予防的先制攻撃に力を貸し、

一緒に、殴りに行ったらどうなるんだろう?

友達をそばで応援したら、どうなるんだろう?

例え、非が相手にあったとしても、

やられた相手の家族や友達は、

加勢した相手のこと、赦さないと思います。

取り返しのつかない、

憎悪の連鎖の、引き金になるかも知れない。 目的は手段を浄化するのだろうか? たとえ平和が目的だったとしても、 戦争という手段によって、 流された血を浄化することが出来るのだろうか? 戦争という手段は、憎悪の連鎖を生む。 決して断ち切ることが出来ない、憎悪の無限連鎖を生む。 そして、もとは平和が目的だったことなど、誰も憶えていない。 殺人という手段が、目的で浄化されることなどありえないのだ。 これは、歴史がすでに、証明し終えている。 僕たちは、憎しみの大地(中東)を見て、学んでいる。

そんなこんなを、ちゃんと、正しく、考えて、 判断出来るんだろうか? お国の政治家たちは。

集団的自衛権、とってもわかりにくい。

100歩譲って、今の総理大臣はまだ、ましかもしれない。

でも、いつぞやみたいな、おかしな感じの人が、

総理大臣になっちゃった場合、大丈夫だろうか?

わが父のように、

戦争を肌で感じた世代の人たちの中には、

シャレにならない恐怖を感じている人も、多いんじゃないかと思う。 でも、そんな世代の人たちが、どんどんいなくなっている。 以前、長淵剛さんが、松本人志さんの番組で話していた。 戦争に行かない、そして戦争も体験していない、 そんな大人たちが、小賢しい論理をこねくって、決めることかと。 子供たちを、戦争に行かせないために何をすべきかを考えることが、 最も重要な、事ではないかと。

憲法9条、確かに、『おまじない』のようなものかもしれないが、

実は、効いていたのかもしれない。

『改憲 VS 護憲』の討論をテレビなどで、見る機会が多くなった。

ハッキリ言って、しょーもない、気がする。

テレビは、視聴率が、業務指標なので、

討論の品質ではなく、

対立構造を煽って、視聴者の『観戦意識』に訴えている。

(人が闘っているのを、見ること、好きですからね)

でも、よく聴いていると、

たいていは、『総論』と『各論』が闘っている。

面倒臭いが(面白くないかもしれないが)、

総論は総論どうし、

各論は各論どうし、

で、丁寧に議論しなければ、

いつも論点は、『ねじれの位置』にある。

たぶん、ほとんどの人は、戦争したいなんて、思っていない。

ほとんどの人は、憲法を、アメリカから与えられたままで良いとは思っていない。

ほとんどの人は、自衛隊の人たちが危ない目に遭ってもかまわないとは思っていない。 ほとんどの人は、国を護らなくて良いとは思っていない。

勿論どの言い分も、わかるけど、

価値観として、何を最優先にするかってこと。

少し前、日本を、普通の国にすべきだと言っていた政治家がいた。

軍隊を持って、自分たちのチカラで、自分や友達を守る。

それが、普通の国だってさ。

でもね、もしかしたら日本は、

普通の国じゃなくて、一歩も二歩も進んだ国なのかもしれない。

日本が、今の世界の普通に合わせるのではなくて、

世界が、日本の中に、『未来』を見るべきなのかもしれない。

世界が、手本を必要とした時に、日本が、普通の国になってたら、どうすんのさ。

日本という国の天命は、世界の手本になることかもしれないじゃないか。

統一民族・統一国家で2000年も続いてきた、この奇跡の国家。

この大いなる和の国、大和の国、日本が、もっと世界に必要になる時代がくる。

そんな気がします。

アインシュタイン博士が、むかし日本に来た時の言葉です。 「世界の未来は進むだけ進み、その間に幾度も幾度も闘争が繰り返される。しかし最後はその戦いに疲れ果てるときがくる。そのとき人類は真の平和を求めて、世界の盟主を掲げなくてはならない。その世界の盟主とは、武器やかねの力ではなくて、あらゆる国の歴史を抜き超えた最も古くて最も尊い家柄でなくてはならない。世界の文化はつまるところアジアに始まってアジアに帰る。それはアジアの最高峰、日本に立ち戻らなければならない。われわれは神に感謝する。神がわれわれのために、日本という尊い国をつくっておいてくれたことに。

先ごろの自民党の大勝。

なんとなく、だけど、

嫌な感じがして、しかたない。

自衛隊。 この優しく、思いやり深く、そして素晴らしき能力を持った人たち。 いつまでも、この人たちが『抜かない名刀』であり続けることを、 願ってやみません。

戦争を知っている世代が

社会の中核にある間はいいが

戦争を知らない世代

ばかりになると日本は

怖いことになる

by 田中角栄

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